いつも悩みの垂れ流しばかりなので、少しは明るい話題でもしなけりゃ自分で読んでても嫌になってくる。
だから今日は違う話にしよう。
これまでのここでの生活、思っているよりいい生活をしてきたなと思う。
結構勿論渡豪してすぐはみなと同じくらい大変だったと思う。周りの友達から聞いた話も結構自分と変わらないような話だったから。
出だしはここに住みたいと思いつつも、どうすればいいのかあまり分からず、ただがむしゃらに走ってきた気がする。その間で、ここで勉強して就職先を探すと思って、役に立ちそうな勉強をしてきた。もちろん、その間にかなりの失敗を繰り返してきたが、熱意を買ってもらったのも事実。2個目のカレッジに通っている間にこちらの会社の事務の仕事をゲットした時にはすごくラッキーだった。そこは私の学校への時間も考慮してくれて、午後3時には上げてくれたり、その分、土曜日は一人で働くことも。
運がよかったことの一つは私のポスが6歳の時に移民してきて、移民の苦労を理解してくれる人だったから。
給料もあの時にしてはそれなりのものをもらっていた。それも週給で毎週金曜日に現金支給。嬉しくなりながら、スキップして駅に向かっていたのを思い出す。
そこもKが生まれて産休に入っている間に条件が変わり、残念ながら戻れず、でもこっちもKが6か月くらいで仕事に戻るつもりがなくなったので、良かったは良かったのだが。
その後、バイト的な仕事をいくつかして、二人の子供が小学校に上がってから仕事探しを本格的にし始めたのだが、なかなか8年のギャップは大きかった。バイトで食つなぐ日々が始まる。
でも、それなりにやってこられたのは今よりは物価が安かったから。
家のローンだってそんな沢山じゃなかったし、家自体がそこまで高くなっていなかったから買えて。じゃ、なけりゃあ今も賃貸でマンション暮らしだったことだろうに。
そうこうするうちに勉強してその勉強の資格によって職に有り付き、他のオージー達に紛れて仕事が出来ている訳だ。
収入的にも平均的な暮らしは出来ている。食べるのに困ることもなく、子供たち二人も大人になり、後は老後のために貯めるべきお金のことだけ考えていればやっていけるだろう。
まったく我慢していないといえばそうでもないけど、でも、出来る限り借金なくきているのだから文句言う必要はない。
恵まれているんだなと最近では思う。後は本調子になれば万々歳なだけ。この”だけ”が難しいのよね。
だからというか別に言い訳がましくするつもりはないが、この幸せの事を噛みしめながら早く回復してしまいたいわ。




